船越間道(ふなこしかんとう) 【間道】


室町以降にわが国で間道と称する縞織物が多く見られるようになった、鎌倉期に舶載された縞織物もあるが、数多く見られるようになったのは室町末期に多く舶載されたからと思われる。豊臣秀吉の臣で、船越五郎衛門が所有していたので、この名称がつけられたという。船越氏は茶道を織部と遠州に学んだ。

船越間道 ※拡大画像